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東京地方裁判所 昭和33年(行)53号 判決 1960年9月08日

京都府乙訓郡向日町大字寺戸小字東の段九番地

原告

上田広吉

右訴訟代理人弁護士

岡田実五郎

佐々木

東京都千代田区大手町一丁目七番地

被告

東京国税局長

竹村忠一

右指定代理人

河津圭一

並河治

山田弘一郎

吉沢利治

津守金次郎

右当事者間の昭和三三年(行)第五三号所得額決定取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和三三年四月五日付でした原告の昭和二八年度所得税に関する審査決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、麺町税務署長は昭和三一年九月二九日原告に対し、原告の昭和二八年度所得税に関し総所得金額を一、七三〇、〇四〇円と決定した。原告は右課税に不服であつたので、同年一〇月二三日同税務署長に再調査の請求をしたところ、昭和三二年一月二四日右請求を棄却された。そこでさらに同年二月一九日被告に対し審査請求をしたところ、被告は昭和二二年四月五日原決定を一部取消し、総所得金額を一、三五〇、〇四〇円と決定し、その頃原告に通知した。

二、麹町税務署長及び被告が、原告の昭和二八年度所得として主張するところは、原告が昭和二八年六月二日東京都千代田区九段二丁目三番地二九所在の宅地二四坪七勺(以下本件土地という)を訴外東京相互タクシー株式会社に代金四、〇〇〇、〇〇〇円で売却したことによる譲渡所得であるというのであるが、本件土地は、登記簿上は原告の所有名義になつていたものの、真の所有者は訴外財団法人国際調和クラブであつて、同財団法人が実質上の売主としてこれを右東京相互タクシー株式会社に売却したものであるから、右譲渡所得は、右財団法人国際調和クラブに帰属するものであり、原告に帰属するものではない。

三、右売却当時本件土地の所有権者が原告でなく、財団法人国際調和クラブであつたことの事情は次のとおりである。

1  財団法人国際調和クラブは、当初日伊文化協会と称し(以下調和クラブと略称する)昭和七年一〇月四日、日伊文化交流の目的で設立され、原告はその専務理事であつた。調和クラブは昭和六年一二月二〇日本件土地及びこれに隣接する宅地六二三坪一合(東京都千代田区九段二丁目三番地の一〇、以下これを本件隣地という)並びにこれらの土地上の建物を、それらの所有者であつた青柳ハルエから買受け所有権を取得し、右建物を国際文化会館として使用した。しかし、右所有権移転登記が未了のうちに昭和七年一〇月一九日右土地建物につき存した抵当権に基づき抵当権者たる日本勧業銀行から、青柳ハルエを債務者として競売申立がなされたので、調和クラブは黒瀬正弥に対し、調和クラブのために右の競落をなすことを委嘱し、黒瀬は昭和九年四月一二日同人名義で競落したが、同人は委嘱の趣旨に背いてその権利を自己のものと主張し、同年九月八日同人名義で所有権取得登記をなした。そこで調和クラブは黒瀬を相手に訴訟を起し、それが和解となり、右土地建物の所有権を黒瀬から取戻し、昭和一五年八月一九日同人から移転登記手続に要する書類を受取つた。ところが調和クラブの代表者専務理事であつた原告は、右登記申請書類に基づいて同年八月二一日右土地建物の所有名義をほしいままに原告名義に移転登記をしてしまつた。

本件土地の登記簿上の所有名義は右の経過で原告のものとされているが、その実質上の所有権は、右のとおり調和クラブにあつたものである。

2  本件土地の実質上の所有権者は調和クラブであり、したがつて、これを昭和二八年六月二日東京相互タクシー株式会社(以下相互タクシーという)に売却した際の実質上の売主も調和クラブであつて、原告ではないことは、次のようなことからも明らかである。

(一)  前記のとおり本件土地と同一事情にある本件隣地について登記簿上原告から小島庄平、鈴木春次、相互タクシーへと順次所有権移転登記がなされたが、前記のとおり本件隣地も実質上その所有権は調和クラブにあり、原告にはないから、これを右小島らにおいて原告から取得するに由ないことであつた。そこで調和クラブは右相互タクシーを被告として、本件隣地について所有権移転登記請求の訴を起し、昭和三一年一一月二九日調停が成立した。

調停条項の要旨は、(1)調和クラブは、本件隣地に対する一切の権利を抛棄して、相互タクシーが昭和二八年六月二日訴外鈴木春次から買入れた所有権を確認すること、(2)相互タクシーは調和クラブに対し金四〇〇万円を支払うこと、(3)本件土地は上田広吉名義となつているが、真実の所有権者は調和クラブであることを確認し、上田広吉名義で昭和二八年六月二日相互タクシーに移転したことを調和クラブ及び上田において認めること、というものである。すなわち本件隣地についての右調停において、本件隣地の実質上の所有権者は調和クラブであり、同クラブは調停によつて初めてその権利を抛棄し、さらに念のため、本件土地も、その実質上の所有権者は調和クラブであるが、同クラブが原告名義で東京相互タクシーに所有権移転登記手続をなしたことを関係者間で確認したわけである。

(二)  調和クラブは、原告との間に、本件土地の所有権の帰属を明確ならしめるため、昭和三二年三月原告を相手として、東京地方裁判所に対し、所有権確認等の請求訴訟を提起し同年五月一六日、本件土地を原告名義で相互タクシーに売渡しているが、その真実の所有権者は調和クラブであつたことを確認する。という内容の裁判上の和解が成立した。

(三)  相互タクシーからの売得金は、正規の手続を経て調和クラブに入金され、同クラブの使途に供された。

四、よつて前記譲渡所得を原告の所得と認定してなした麹町税務署長及び被告の処分はいずれも違法であるから、被告のなした本件審査決定の取消を求める。

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する」との判決を求め答弁及び主張として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は認める。同第二項の事実中、本件課税処分が、原告主張のように原告が本件土地を相互タクシーに売却したことにより譲渡所得を得たものとしてなされたこと、本件土地が登記簿上原告の所有となつていたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件土地は原告が所有していたものであつて、調和クラブが所有していたものではない。同第三項の事実は知らない。

二、原告は、その所有する本件土地を原告主張の昭和二八年六月二日その主張の金額で相互タクシーに売却し、よつて一、三五〇、〇四〇円の譲渡所得を得たものである。右課税標準の計算根拠は次のとおりである。

1  総収入金額(本件土地売却代金) 四、〇〇〇、〇〇〇円

2  控除額

(一)  取得価額 三八九、九二〇円

(計算の内訳)

24.07坪×15円×27×40=389,920円

(註)再評価額(資産再評価法九条、三条、二一条二項)=財産税評価額の四〇倍。財産税評価額(財産税法二五条)=賃貸価格の所定倍数。本件土地の賃貸価格(旧地租法八条)は一五円。本件土地の所定倍数(財産税法二六条、同法施行規則二〇条)は二七。

(二)  譲渡に関する経費

五〇〇、〇〇〇円(乙第三号証の一)

二五〇、〇〇〇円(同号証の二)

一〇、〇〇〇円(乙第四第五号証)

3  譲渡所得 二、八五〇、〇八〇円

4  課税標準 一、三五〇、〇四〇円

<省略>

三、よつて被告の本件審査決定はなんら違法でない。

原告訴訟代理人は、被告の主張に対する答弁として、本件譲渡所得の課税標準を算出する被告の計算内容については争わない。と述べた。

立証として、原告訴訟代理人は、甲第一号証、第二、第三号証の各一ないし三、第四号証の一、二、第五号証ないし第一一号証、第一二号証の一ないし三、第一三号証ないし第二〇号証、第二一号証の一ないし九、第二二号証の一、二、第二三号証、第二四号証の一ないし七、第二六号証の一、二、を提出し、証人宮東孝行、同村岡大八、同内田正己の各証言及び原告本人尋問の結果を採用し、乙第三号証の一、二の成立は知らないが、その余の乙号証はいずれも成立を認める(乙第一〇号証は原本の存在及び成立を認める)と述べた。被告指定代理人は、乙第一号証ないし第三号証の各一、二、第四号ないし第七号証、第八号証の一、二、第九、第一〇号証を提出し、証人小薬正一、同竹内音市の各証言を採用し、甲第一号証、第二、第三号証の各一ないし三、第四号証の一、二、第五、第六号証、第一二号証の二、三、第一九号証、第二一号証の一ないし九、第二二号証の一、二、第二五号証の一ないし七、第二六号証の一、二、はいずれも成立を認めるが、その余の甲号証の成立は知らないと述べた。

理由

一、請求原因第一項の事実及び本件課税処分が、原告がその主張のようにその所有にかかる本件土地を相互タクシーに売却したことにより譲渡所得を得たものとしてなされた事実は、いずれも当事者間に争いなく、被告の主張する本件譲渡所得の課税標準算出に関する計算内容については原告の争わないところである。

二、本訴の争点は、本件土地を相互タクシーに売却した当時、本件土地は原告がこれを所有していたものかどうか、したがつて右売却による譲渡所得は原告がこれを得たものかどうかの点にある。

原告は、本件土地を相互タクシーに売却した当時本件土地は、原告においてその理事であつた調和クラブがこれを所有していたものであると主張するが、成立に争いない乙第一号証の二、乙第一〇号証に原告本人尋問の結果を総合すると、本件土地は調和クラブの設立発起人の一人であつた原告が、同クラブの使用に供するため設立手続中である昭和六年一二月に所有者の訴外青柳ハルエから買受けたものであるが、右購入に際し原告には資金なく抵当権付のままで買受けたところ、その後抵当権者より競売の申立があり、昭和一五年八月二一日に漸く登記簿上も原告名義となし、昭和二八年六月一日訴外相互タクシーに売却するまで原告名義であつたことを認めることができるので反証のない限り、相互タクシーに売却した当時本件土地の所有者は原告であつたものと推定するのが相当である。

しかして、いずれも成立に争いない乙第一号証の一、二、同第二号証の一、二、同第六号証、同第七号証、原本の存在及び成立につき争いのない乙第一〇号証、原告主張のような写真であることにつき争いのない甲第二五号証の一、証人小薬正一、同竹内音市、同宮東孝行の各証言及び原告本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く)によれば、本件土地は、原告の依頼により、小薬正一が原告の代理人として相互タクシーとの間に売渡契約をしたものであり、右依頼に際しては、原告から、本件土地が調和クラブの所有である旨の注意的な申出もとくになく、かえつて原告は、これが自分の土地である旨小薬に話していたので、小薬としてもそれを信じ、原告の代理人として右売買契約をしたものであること、したがつて相手方たる相互タクシーとしても、これを原告の所有と考えて買受けたもので、右契約に際し、真実の所有者は調和クラブであるというような話しは両当事者間にまつたく出なかつたこと、調和クラブは昭和七年一〇月原告が中心となり設立したものであるが、以後原告はその理事として、実権を握り、実際上原告独りの責任でこれを運営してきており、原告は調和クラブのほかにも数個の文化団体を作つて実際上これを掌握運営してきたこと、調和クラブの設立許可申請書には、右各不動産が調和クラブの所有に属することの記載はなく、かえつて、右申請書附属書類によれば、右各不動産は、原告の経営にかかる株式会社国際文化会館がこれを所有し、これを他の文化団体に賃貸していることになつていること、昭和二六年七月に提出された調和クラブの昭和二五年度決算書にも、調和クラブの財産として別の不動産の記帳がなされているにもかかわらず、本件土地は、まつたく同クラブの財産として扱われていないこと、以上のような事実を認めることができる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。

右認定の事実に、なお証人宮東、同小薬の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合して考えれば、本件土地は調和クラブを始めその他の原告が主宰していたいくつかの文化団体の用に供せられておつたけれども、結局は原告個人の所有であつたものと認めざるをえない。

三、原告は、本件土地と同一事情にある本件隣地についての調停で、右各土地につき、調和クラブ、原告及び相互タクシー間に、その所有権が調和クラブにあつたことが確認されたと主張するが、右の調停調書正本であると認められる甲第五号証の記載によれば、むしろ、本件隣地についてはその所有権が鈴木春次から相互タクシーに売買により移転したこと、本件土地についてはこれを原告が自己の名義で相互タクシーに売渡し、それにより所有権が移転したこと、を確認し合う旨記載されているのであつて、右記載内容と証人小薬正一の証言とを合せ考えれば、右調停において本件土地の所有権がもともと調和クラブにあつたというようなことを確認し合つた事実はないことが認められる。証人内田正己の証言中右の認定に反する部分は採用できない。次に調和クラブと原告主張のような訴が提起され、裁判上の和解が成立したことは、成立に争いない甲第六号証より認めうるが、これをもつて本件土地の所有権が、相互タクシーに売渡された当時調和クラブにあつたものと認めねばならぬものでもない。原告は更に、本件土地の売得金が正規の手続を経て調和クラブに入金され、同クラブの使途に供された旨主張するところ、右売得金が結局において調和クラブの有した債務の弁済等に充てられたことは、成立に争いない乙第四号証、証人宮東孝行の証言、右証言により成立を認める甲第一五号証、証人村岡大八の証言、右証言により成立を認める甲第一七号証、同第一八号証、及び原告本人の供述等からこれを推認しうるけれども、調和クラブは殆んど原告一人がこれが運営に当つており、その経理面は原告個人のそれと混同されていたことが証人宮東の証言及び原告本人尋問の結果から認められるので、このことをもつて直ちにそれは調和クラブが本件土地の所有者であつたからであるとすることはできない。

以上のほか、甲第九号証ないし第一一号証、同第一四号証(これらは、本件隣地に関するもので、本件土地に関するものではない)同第二三号証、同第二四号証の一ないし一八(以上は本件土地上にあつた焼失前の建物に関するものである)、同第一六号証、同第二五号証の一ないし七、等をもつてしても、前記第二項の認定を左右することはできず、他にも右認定を左右するに足りる証拠はみあたらない。

四、本件土地を相互タクシーに売渡した当時、本件土地の所有権が原告にあつたと認むべきことは右のとおりである。そうだとすると、右売得金が結局においては調和クラブのために使用されたことは前記認定したところであるけれども、原告と調和クラブとの関係が前認定のとおりである本件土地売却による譲渡所得は原告に帰属したものと認めることに支障ないものと考える。

五、してみれば、本件課税処分には、原告主張のような所得の帰属主体を誤認してなした違法はないというべきであるから、本訴請求は理由がない。よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 下門祥人 裁判官 桜井敏雄)

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